大学、中学校・高等学校の教員は、研究に裏付けられた実践を行い、実践が研究に還元されるような、そのような実践研究を行うことが重要と考えています。これには、教員は教科内容の専門家(だけ)ではなく、教職の専門家であるという考えが元にあります。
どういう事かと言いますと、例えばプログラミングの知識を持っている人がいたとします。しかし、その人が学校の授業でプログラミング教育を行うためには、単なるプログラミングの知識だけではなく、教科の特性や教科教育法、授業設計や学習者分析と言った教職の分野も知っておかなければなりません。情報科教員はプログラマーではなく、(情報科教育における)教職の専門家だからです。
もし、単なるプログラマーだとするならば、学校では、現場でバリバリ仕事をこなす一流IT企業のプログラマーに教えてもうら方が良いということになります(学校だけで教えている教員は、第一線で活躍するプログラマーには歯が立ちません)。しかし、情報科教育では単にプログラミングの知識や技術を教え込むことが目的ではありません。
Lee S. Shulmanというアメリカの教育心理学者が、「授業を想定した教材の知識(Pedagogical Content Knowledge:PCK)」というものを論文で発表しています(Shulman 1986, 1987)。以下に掲載します。
- 内容的な知識(Content Knowledge)
- 一般的な教授方法についての知識(General Pedagogical Knowledge)
- カリキュラムについての知識(Curriculum Knowledge)
- 内容と教授方法についての知識(Pedagogical Content Knowledge)
- 学習者と学習者特性についての知識(Knowledge of Learners and Their Characteristics)
- 教育的文脈についての知識(Knowledge of Educational Contexts)
- 教育的目標・価値とそれらの哲学的・歴史的根拠についての知識(Knowledge of Educational Ends, Purposes, and Values, and Their Philosophical and Historical Grounds)
この中でも、Shulmanは特に(4)内容と教授方法についての知識を強調しています。この知識は、単に内容についての知識ではなく、教授のための教材内容についての知識を意味しています。そして、このカテゴリーこそ、内容の専門家と、教授のための教材内容についての知識を持っている教職の専門家とを区別するものである、としているのです。
情報科教育に関して言えば、例えばプログラミングの専門家と、プログラミング教育の教材内容についての知識を持っている教職の専門家は異なっており、教育現場では後者の専門性が求められることとなるのです(高橋 2022)。当時は、内容さえ知っていれば授業はできる、教えることはできるとする考えがありました。しかし、Shulmanは、これまで無視されていた教育方法の知識と内容の知識を繋ぐ(4)の教育的内容知識を、教員自身が身につけることの重要性をここで指摘したのです(小柳 2016)。これは、とても貴重な提案でした。
さて、大学や中学校・高等学校でメディア・リテラシー教育や情報科教育を実践し、それらを分析して学会等で発表しつつ振り返る活動を、わたしは日々行っています。その過程で、どのように授業を設計すれば学びが豊かになるのか、考え続けていこうと思います。理論に裏付けられていない実践や、研究に還元されない実践を行うのではなく。
行うのであれば、研究に裏付けられた実践を行い、実践が研究に還元されるような、そんな実践研究をこれからも行っていきましょう。
参考文献
- Shulman, L. S.(1986)Those who understand Knowledge growth in teaching. Educational Researcher, Vol.15, No.2:4-14
- Shulman, L. S.(1987)Knowledge and Teaching Foundation of the New Reform. Harvard Educational Review, Vol.57, No.1:1-21
- 小柳和喜雄(2016)教員養成及び現職研修における「技術と関わる教育的内容知識(TPACK)」の育成プログラムに関する予備的研究.教育メディア研究,23 巻,1 号:15-31
- 高橋敦志(2022)今後の情報科教員に求められる教科教育の専門性に関する一考察.立教新座中学校・高等学校研究紀要,第52集:99-125


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